2017年6月7日水曜日

【6月5-6日(月-火)】 曲がりくねった道の先に [車の旅38-39日目]

6月5日(月)

ゆうべ車中泊したパーキングスペースは、海の目の前。


さざ波をBGMに、すぐ眠りに落ちた。疲れてたからな。


鹿児島県を北上し、宮崎県に突入した。海沿いは相変わらず、青と緑が美しいね。


野生のニホンザル100頭ほどが生息するという無人島、幸島(こうじま)。
国の天然記念物として保護され、観察・研究されているそうだ。
見学に行けるらしいが、和泉地区でも旅の途中でも散々おサルさんは見てるから、間に合っている。


南国感が漂う。というか実際、暑い。
最近は日中の最高気温が28度ほどらしいので、感じゃなくて、もはや南国である。さすが九州。


宮崎市の方か都城(みやこのじょう)市の方か、分岐点。
このあとのルートに影響し、訪れる市町・訪れない市町がここで自然と決まって来る。
ま、都城市の方だろう。理由は、何となくだ。


道の駅、かと思ったら、道の泉だった。


いや飲めへんのかーい。そもそも湧いてないし。おもしろいじゃん、それ。


今度は本当に道の駅。食堂に入り、棚田そばというのをセットでいただく。
道の駅のレストランといって侮るなかれ、どこもちゃんと美味しいのである。
大体は地元のお母さんたちが働いているから、それすなわち一流料理人のお店と同義だ。


その棚田というのが、国の重要文化的景観に選定されているらしい。
ナントカ遺産とか重要ナントカ自体にはあまり興味が無いけど、せっかくだから観てみようぜ。


おー、これは見事。昭和に入ってすぐ着工し、昭和8年には完成したというから、昔の人たち凄い。
整然と並ぶ様が美しいね。何かの遺跡のようである。いや、もはや遺跡と呼んでも過言ではないだろう。


国道を走っていくと、一瞬だけ鹿児島県に戻る。あらそお。


都城市から、小林市と北上。
写真は撮らなかったが、いずれも結構な街で、帰宅ラッシュの交通渋滞に飛び込んでしまった。そりゃ、市だからね。


もう一つ北の行政区に行こうかと、


山道に入り込む。


うねうねうねうね。おや、デジャヴを感じる。


そんなところにも、神社はある。


でも集落は無かった。


夕焼けに煌めく山々というのは、美しい。例えそれが人工林であろうとも。
まあ、残業や夜間営業で灯された夜景を観て綺麗だと思うのと同じだ。一種の錯誤かね。


ひたすら続く山道。昨日と同じ状況になっている。デジャヴが確信に変わってしまった。


謎の廃墟。スルーしよう。


太陽にも見放され、暗くなってきた。
こんなところ、もし人が歩いてたらどうしよう。とりあえず乗せるか。


終わんねー。なんちゅう国道だ。
常人なら、そろそろ発狂してもおかしくない。僕は、とうに頭のネジが数本ぶっ飛んでいるので問題ない。


途中、何頭もの野生生物と遭遇。そんな呑気にこっち見てると、一発で仕留められるぞ。
でも公道から撃ったら銃刀法や狩猟法に引っかかるし、いま狩猟期間じゃないし、そもそもなんか持ってきてないし。
そのへん心得てたのかもしれない。


何となく、動画。安全のため、カメラを置いた状態で撮影している。
某著作権団体さんから苦情が来なければ良いが。


またも一時間半ほどだろうか、エンドレスS字カーブトレーニングを修了し、ようやく大きな道に出る。
安堵から思わずHoo!と奇声をあげ、柏手を打つのであった。たぶん山の神に対して。


西米良(にしめら)という村。温泉へ行くとおんちゃんが二人ほどいたが、内湯とサウナを愉しんでいたので、
露天は一人占めできてしまった。ぬるぬるのお湯が気持ち良い。運転の疲れも吹き飛ぶというものだ。

寝られる場所をしばらく探し回ったが、これといったところが見つからない。
路端の、退避所みたいなところで妥協する。充分さ。


[大体の走行ルート] ※大雑把に示しているため、実際の運転とは必ずしも一致しない
【走行距離:321km/Total:9,275km】



6月6日(火) 

昨夜の温泉で、鹿ジャーキー柚子こしょう味を購入していた。
この村では、有害駆除したシカやイノシシを、ジビエ製品として活用しているようだ。

他にもカレーやら炊き込みご飯の素やら、色々と並んでいた。
そこまでの規模で無いにしても、和泉地区でもこの分野で経済を生み出していくことが可能なはずだ。


車中泊したのは、このあたり。
それなりの土砂崩れが発生してたら永眠してたろうけど、万が一このピンポイントで巻き込まれたとしたら、
それは割と天文学的な確率。そのときはもう、そういう運命なんだと思うだけである。
まあしばらく雨も降っていないし、気にすることでも無かったろう。


村から村へ、朝から山道を北へ走る。
この三日間、こんなところばかりだ。さすがにちょっと嫌気が。


でも高みからの眺めは良いんだな。


なかなかすごいところにあるぞ、と和泉の方から聞いていた、椎葉(しいば)村。
なかなかすごいところにあった。隣の村から、うねうね道を一時間はかかったから。


かなり広大な森林帯の中に、幾つもの集落が点在。まとめて、一つの村を構成している。


次の村へ行くべく、東へ向かう。このあたりは村が多いのだな。
というか、村としてでないと行政的にやりづらいのかな。知らんけど。


工事のため、時間帯通行規制がかかっていた。まだ一時間くらいは通れないらしい。
警備員のおんちゃんによると、山道を迂回することもできるが、そちらも一時間はかかるとのこと。じゃ待とう。
細い道は、できる限り走りたくないし。しばらくは。


マイパソコンは結構なおじいちゃんなので、電源に繋がないと一瞬でバッテリが昇天してしまう。
でもこのアイテムがあれば、車でも作業が可能。ブログの下書きを少ししながら、道路工事の安全第一を祈る。


諸塚(もろつか)村。こちらもまた、協力隊の同期が活動していた地域である。


おお逢えた、くぬぎ地蔵。村の木でもあるクヌギの、お地蔵さんだ。


同期全員に配ってくれたマスコットは、車にぶら下げさせてもらっている。
「苦抜木」でもあるということで、縁起が良い。


やだー、ウサちゃんが工事してるー、超かわいいんですけどー


クヌギを原木とする椎茸と、豊かな木材資源。それらは、村の特産品となっているようだ。


特産品販売施設があったので、神楽だんごというのを購入。
そしてスタッフのお姐さんお二人と、しばらく話し込んでしまった。
ふだん一人で運転しているということもあり、お喋り相手ができると嬉しい。
気さくで、素敵な人たちであった。田舎の温かみだ。これも御縁、お逢いできて良かった。


東へ向かい、海の方へ出て、北上。延岡(のべおか)市内の銭湯に来てみた。
近場に日帰り温泉が無さそうだったり、あっても混雑してたりすると、銭湯に舳先を変えるパターンになってきているな。
着いたのが19時20分ころ。営業は20時までとある。やば。お風呂屋さんなら相場は21時までだろうと高を括っていたのだが。
番頭のお母さんに聞いてみたら、全然オッケーだったけど。

お客さんは、誰もいないようだった。女湯の方からも、物音がしない。
脱衣所と浴場の上の方には、かなり古い広告が並んでいる。長崎で訪れたところよりも、昭和感が強い。
どれくらい昭和かというと、広告の住所表記にある「町」の字の『丁』部分が、「巧」のつくりになっているくらい昭和だ。

お風呂の中央には、直径2mほどで円形の、タイル貼りの湯船。
洗い場は7ヶ所ほどで、シャワーは無く、熱湯と冷水の出るプッシュ式の蛇口のみ。
適温に調整しながら、洗面器に溜めてつかうと。もう慣れたもんだ。
銭湯も楽しいな。


三日ぶりくらいに、道の駅の駐車場で運転を終えることとする。


びっくりしたー。西郷どん、驚かせてくれるなよ。


[大体の走行ルート] ※大雑把に示しているため、実際の運転とは必ずしも一致しない
【走行距離:179km/Total:9,454km】



2017年6月6日火曜日

【6月3-4日(土-日)】 知りたくないぜ 明日がどんな日だって [車の旅36-37日目]

6月3日(土)

水俣、と聞いたら、10人中10人の頭に浮かぶのではないだろうか。


水俣病だ。
小学校か中学校で名前と概要くらいは学んだが、詳しいところまでは知らない。
ならばこの機会に、資料館を訪れてみよう。


昨年にリニューアルされたばかりのようで、綺麗な施設。入館は無料である。
館内は撮影禁止だったため、写真は無いが。

各コーナーの展示は、実に事細かであった。一つひとつ、じっくりと読み歩かせてもらう。
病気の原因をつくったのは、当時の水俣そのものともいえるほど、地域に根ざしていた大企業。
会社が立ち行かなくなれば、水俣全体の経済や生活にも大きな影響をもたらす。
そんなジレンマもあってか、海への排水は止められなかったという。


屋上展望スペースからの眺め。 かつて汚染された水俣湾は、すっかり綺麗にされ、埋め立てられている。


いまは広域公園となっているようで、土曜日の昼下がりに、サッカーの試合をする男子学生たちの声で賑わっていた。


手前のゲームが、ちょうどPK戦にもつれこんだところだった。
3本目、後攻の子がゴールポストを大きく外してしまったところまで、こっそりアリーナ席から観戦。


水俣メモリアルというオブジェ。108の球体が並んでいるそうだ。
暗くなると、一つひとつがライトアップされるようである。


患者さんや家族が受けた、あるいは水俣出身であるゆえに被った、差別・偏見・嫌がらせ・誹謗中傷。
その苦しみは、筆舌に尽くしがたい。

水俣病のせいで地域の絆も失われた、というのも悲しい話だった。
船を繋ぐ、あるいは共同作業のことを指す「もやい直し」という言葉になぞらえ、
ばらばらになってしまった心を、もう一度つなぎ合わせる。そんな水俣の再生は、いまも続いている。


熊本県には、いったん別れを告げる。
東部の方には後日また、ちょろっと足を踏み入れたい。


バンビアイランド、鹿児島県に入る。方向性のよく分からないキャラクターが出迎えてくれた。


じゃが串。揚げられた小じゃがいもが旨い。


ぶらりと、海沿いを走っていく。


8分の3か2目盛りになったら給油を心がけているものの、
タイミングを失って1目盛りになってしまうと、さすがにちょっとヒヤヒヤする。
まあ誰も来ない山道でガス欠になったら、ネタにはなるかもしれないけど。しないけど。


鹿児島のウェストサイド、薩摩半島を南下し、枕崎市。


まちのお湯屋さんがあったので、ひとっ風呂いくとする。
生薬をブレンドした、すごい色の湯船などもあった。


街外れに良さげなグラウンドがあったので、その駐車場で車中泊させてもらう。


[大体の走行ルート] ※大雑把に示しているため、実際の運転とは必ずしも一致しない
【走行距離:261km/Total:8,631km】



6月4日(日)

そのグラウンド。畑やら太陽光発電スペースやらが何区画もある一帯の、片隅。
夜間は人も車も通らず、物音のしない超静かな環境だった。


抜け出すのに、ちょっと迷ったけど。


開聞(かいもん)岳、という山らしい。円錐形に整った形をしている。


ご当地グルメ、あつひめバーガーというのを食す。けっこうボリューミーで、お肉がプリプリしており旨い。
姫は薩摩の生まれだったのか。大河ドラマも観てないので、知らなかった。


薩摩といえば、その名の通りサツマイモ。ほくほくした食感と、素材そのものの甘みだけで充分に旨い。


鹿児島湾に沿って周って来ると、日曜の道の駅は車でいっぱい。
そして向こうに見えてきたのが、桜島。


行ってみよう。噴石・降灰スリップ注意と。了解。


思っていた以上に、もくもくしている。


 
随所に、退避壕というのが設置されている。活火山の足下ならではだ。
こういうところで生活を営むのは、えらいことだな。


火山灰らしきものの堆積も確認できる。ピントがズレてるぞ。


対象物を右手に見て走る法則により、左回りで行く。


第一党と野党と、各議員さんのポスター。ポーズが被っているけど、故意なのか偶然なのか。
公職選挙法は詳しくないが、いちおう名前だけ隠しておこうか。


さほど時間もかからず、いまは陸続きとなった島を一周。北側からは、ほとんど山は見えなかった。


鹿児島県のイーストサイド、大隅(おおすみ)半島を南へ下り、佐多岬のあたりへ。
そこから東へ向かおうと、夕方から県道へ入っていく。


自衛隊の射撃演習場があった。


いつも通り山道なわけだが、ここからが長かった。
ちゃんと地図を確認していなかったけど、けっこうな距離がある。要するにアホである。


うねうねうねうね。ひたすら小カーブが続き、途中に集落の一つも無い。


ひえー。落石の痕跡が、至る所に。すげえパワーだ。


もしかして、この山道は永久に終わらないのではないだろうか。
そんな幻想に取り憑かれ、その悪夢から醒めて、それでもなお、まだ山道であった。イタズラじゃすまないぜ。


海抜ゼロメートルにいたはずが、いつの間にやら高いところに来ている。

こんなところでも、他車と行き会う可能性はゼロでは無い。細い道を慎重に進むのは、神経を遣う。
ついぞ、対向車も後続車も来なかったが。


ああ広い道に出たぞ、と思ったらまたすぐ狭い道だった。

一時間半ほどだろうか、数百あるいは数千のカーブをやっつけ、辺りもすっかり暗くなったころ、
ようやく無間回廊を脱出した。峠を三つは越えたはずだ。疲れた。


温泉に辿り着く。奇しくもというべきかそうでも無いのか、
ここ肝付(きもつき)町は、協力隊の同期が活動していた町である。

少し年数を感じさせる施設。お風呂も小ぢんまりとしていて、洗い場数6。
湯船の船底からはブクブクブクブクと、けっこうな勢いで泡が立ちのぼっていた。
受付のおばちゃんとお客のおばちゃんがテレビを観ているだけで、他は誰もいない。
貸し切り状態で、山道運転長時間コースの疲れをほぐさせてもらった。

道の駅などは無いようなので、近くの国道沿いにあったパーキングスペースに車を停める。
もう今日は走り回りたくないんだぜ。


[大体の走行ルート] ※大雑把に示しているため、実際の運転とは必ずしも一致しない
【走行距離:323km/Total:8,954km】